天使祝詞1



その日は、気持ちのいい晴天だった。
空はどこまでも青く感じたし、昼時というのもあり日差しがとても暖かく、冷たいはずの風もどこか気持ちよくさえ感じた。まさに秋晴れ、とでも言うのだろうか。
つくづく、今日がいい天気でよかったと思う。どうせならこんな日がいいと思うから。


―――今日は絶好の自殺日和だ。


瑞樹は屋上のフェンスに寄りかかり、校庭のある一点を見つめていた。そこには三つ、人影が見える。
それを暫く見ていた後、瑞樹はフェンスをよじ登り、反対側に降りる。そしてそこに座り込むと、ポケットから携帯と、何か封筒を取り出す。そこには丁寧な字で「遺書」と書かれていた。
一度そこに書かれている文字を指で軽くなぞり、ほんの少しだけ自嘲する。

覚悟でも決めて飛び降りますか。

そう、思ったときだった。
カシャンと音がして、フェンスに寄りかかる背中に振動が伝わる。
何事か、と。見つかってしまったのかと振り向くと、そこにはまだ幼い男の子がたっていた。多分まだ小学校の低学年だろうと思われる。
普段だったら何でこんなところにこんなガキがいるんだ、とか思うのだが、今は少し状況が違う。
銀髪、銀の目、そして明らかに日本人ではない顔立ち。
だからだろうか。瑞樹は一瞬、その少年が神の御使いかと思った。

「オネーサン、何してんの?」
 その少年の声は、想像するものより低かった。
「何って‥‥」
「危ないよ?」
 そう言いながら少年は、フェンスを越えると瑞樹の横に腰を下ろした。
「‥‥君の方こそ危ないんじゃない?」
「危なくないよ」
 そうあっさりと言われてしまえば、そうかと相槌を打つしかない。こんな状況で、見ず知らずの少年と無言で座っているのも気まずく、かといって何を話して良いのかも判らず、どう会話を続けようかと少し考えてから言葉を紡ぐ。
「‥‥日本語、上手いね」
「ずっとこっちに居るから」
「どっから入って来たの?」
「入り口」
当たり前じゃん、と言う少年の言葉に、瑞樹はそう、とだけ答えて沈黙した。
 何で今、自分はこの子と並んで座っているのだろう。そもそも何でこんな状況になっているのだろう。そう考えていると、少年が不意に口を開いた。

「死ぬの?」

 その通りだ。その為に自分は此処に居る。
少し間をおいて答えた。
「うん」
 瞬間、少年が小さく笑ったのが見えた。
「死んで、何になるの?」
「‥‥いろいろ」
「死体、キレイに残らないよ?」
「‥‥解ってる」
「ふーん」
 それから少年は立ち上がると、わずかに笑みを浮かべて言った。
「じゃ、頑張ってね」
 そして、フェンスを越えて立ち去っていった。タタッというリズムのいい足音が少しずつ遠ざかり、すぐに消えてしまった。
「何だったんだろ」
 ただ単に校内に潜り込んできた近所の子供か何かだろうか。
 或いは本当に神の御使いだったのか。
 そう思ってから、瑞樹は自嘲的な笑みを浮かべた。
 そんなはずはないのだ。だって、神様なんて存在しない。
 瑞樹は携帯を手にとり、ボタンを押す。相手は出るだろうか。

 コール音。

『―――もしもし、瑞樹?』
 聞こえてきたのは、明らかに不機嫌そうな声だった。瑞樹は校庭の隅の人影を見る。
「うん、わたし」
 そう言うと、声はますます不機嫌なものに変わる。
『何してんの?人のこと呼び出しといて』
「今、屋上にいるの」
『はぁ?屋上って、そこ立ち入り禁―――』
 その声を最後まで聞くことなく、瑞樹は携帯を切った。
人影が、こちらを向いたのが分かった。
 目を閉じて、覚悟を決める。
本当は死ぬことが怖くないはずは無いけど‥‥
 死んですべてが終わるなら、それでいいと思った。

 いつまでも、後悔するといい。
 わたしの最期を見届けて。
 後悔させてやれたらいい。






 そして、瑞樹は宙を舞った。







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昔、部誌に載せたのを加筆修正してみました。
しばらくUPするのは過去の作品ばかりだけど、 そのうち新作を書き始めますのでしばらくお付き合いください。

で、シリーズ第一作の冒頭ですね。
私個人はこのシーン好きなんですけど、 皆さんはどうなんでしょう?

2004.06.26
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