ひどく頭が痛かった。頭が、重い。
 それに、眩しかった。
 その頭痛と、目を閉じていてさえ感じる光で目を開ければ、そこは一面白い世界だった。
 よく、雪が降った後の事を『白銀の世界』とか表現したりするのだが、比喩でも冗談でもなく、そこは何処までも白い世界だったのだ。空と地の境も無く。上も下も分からないほどに。いっそ気が狂いそうな・・・・

「―――何、此処‥‥」

 いつの間にかそこにいた瑞樹は、そう呟いていた。
 此処は何処なのか。
 自分はいつの間に此処に来たのか。

「‥‥頭痛い」

 声に出して言ったのは、何でもいいから音が欲しかったからだ。何もなければ何も聞こえない所に一人で立っているのは、堪らなく不安になったから。

「―――あ、起きた?」

 不意に、声が聞こえた。しかも瑞樹の真上から。

「え‥‥」

 見上げれば、そこには少年がいた。銀の目と髪をした、まだ幼い‥‥。忘れるには少し印象的だった、あの屋上で会った‥‥

「―――つーか、何で逆‥‥?」

 少年は、瑞樹の真上に居た。向きが上下逆さまで、それが当たり前のように宙に浮いていた。

「正確に言うと、オネーサンが逆なんだよ、向き」

 そう言って伸ばされた手を反射的に取ると、思いがけない力で引っ張られた。
 えっ、と思うと、いつの間にか少年と同じ向きに立っていた。
 少年は、満面の笑みを浮かべている。

「ようこそ、この異空間へ」
「―――異空間?」
「そう、異空間。オネーサンは、神様とか幽霊とか信じる人?」

 少年の問いに、一瞬の間をおいて瑞樹は答えた。

「幽霊は信じる、かな?小さい頃はよく見ていたって話だから」

それを聞いて少年は満足そうに笑った。

「じゃあ、分かりやすいかな?此処は、霊界とかそういうのと同じようなモノなんだよ。オネーサンの住んでた世界と重なり合い存在する、異なった世界」

 少年の言っていることが、瑞樹にはよく分からない。
 それでも、今自分が居るこの場所が知っているものではない事だけは感覚でわかる。

「オネーサンは、間違ってこの世界に迷い込んだんだ。まあ正確には、ボクが引っ張って連れて来たんだけどね」

 少年は、どこまでも無邪気に笑う。

「ねえ、ボクはオネーサンの望みを一つだけ叶える事が出来るんだ。オネーサンは僕に何を望む?」

 いまいち状況についていけないが、少年は瑞樹の願い事を何でもひとつだけ叶えてくれるという。
 冗談でしょう?無理に決まっている。
 そう思うのに、この少年がどんな願いでも叶えてくれるような気がするのは何故だろうか。

「・・・・わたしは、死んで此処に居るの?」
「いや、違うよ」
「・・・・どんな願いも叶えてくれるの?」
「そうだよ。例えば、知らない土地で一から人生をやり直したいって言うのならばそれに見合った素晴らしい舞台を用意する事だって出来るし、このまま安らかに死にたいって言うのならば天国に連れて行く事だって出来る」

 どうする?とあくまでも少年は楽しそうに聞いてきた。
 別に、瑞樹は一から人生をやり直したいともこのまま素直に死んでいきたいとも思わなかった。
 今までの自分の生き様を否定されるのは嫌だった。それに瑞樹は死にたくて死んだのではなくて、自分に苦痛を与えた存在を同じように苦しめてやりたかったのだ。それが、自殺というカタチだっただけだ。

「ボクには、オネーサンの望みを叶えることが出来るよ。それこそ、そう、神様の様に」

 瑞樹は神様なんていないと思っている。正確には、いると信じたくない。どんなに願っても、神様は何一つとして救ってはくれないのだから。もしそんなモノがいるのなら、呪ってやりたいとさえ思った。

「―――私は神様なんて信じてない。だけど、私の願いを叶えてくれるというのなら、お願いしようと思う」

 それは何か、と少年は訊ねた。
 自分の望みは何か。
 そんなのは簡単だ。何のために自分は自殺なんか謀ったのか。
 あいつらを、地獄に堕としたかったからだ。

「復讐が、したい」
「・・・・それが、オネーサンの望み?」

 瑞樹は頷く。

「具体的に、どうしたい?」
「精神的に追い詰めたい」

 少年は、うっすらと笑みを浮かべたまま告げる。よくよく考えると、この少年はいつでも笑みを浮かべている気がした。

「それがオネーサンの望みだというのなら、ボクは出来る限りの手伝いをしよう。まず、何をする?」

 何をすれば、あいつらを精神的に追い詰められるのか。自分はきっと、死んだと思われているはずだ。だったらきっと姿を現しただけでも衝撃を与えられるはず。
 さしずめ自分は生前の恨みを晴らしに来た悪霊、といったところだろうか。

「まず、咲江たちに挨拶に行こうかな」

 その瑞樹の言葉を聞き、やろうとしていることが判ったのだろう。少年は瑞樹にこう言ってきた。

「此処からもとの世界には、ボクが送り出してあげる。此処に来るときは、念じれば何とかしてボクが引っ張ってくるから。だから、此処に来たければボクのことを思い出して」
「うん、判った」

 瑞樹は自分に気合を入れる。
 そして、瑞樹は自殺を謀った翌日の学校に送り出された。









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2005.04.03

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