「・・・・楽しい?」

 少年は、小さく眉をひそめて訊ねてきた。

「うん、楽しい」

 瑞樹がそう答えると、ますます少年は眉をひそめた。それを見て、瑞樹は小さく笑った。その笑みはどこか自嘲的で・・・・

「楽しいよ、すごく。でもすごくくだらない」

 少年は目を大きく見開いた。瑞樹の言葉が意外だったのだろう。

「ホント、くだらない。楽しかったのも本当だけど・・・・。わたしのやってたことって、結局あいつ等がやってたのと同じなんだよね。わたしはあいつ等の事嫌いだから、同じにはなりたくない。・・・・ホント、今までやった事は何だったんだって感じだよね」
「・・・・オネーサンは、何だったと思う?」
 少年の問いに、瑞樹はほんの少しだけ考えた。

「さあ、判んない。でも、何の意味も為さないっていうのは判ったかな?」
「・・・・普通、人間はものすごく自分勝手で、他人なんてどうでもいいって思ってる。頭の中では判っていても、素直にそれを認めない」

 少年は、ようやく笑みを浮かべた。

「オネーサンみたいな人は滅多にいないよ」
「それは、復讐がくだらないって判ったこと?」

 静かに首を振る少年。

「それもあるけど、違う。ボクが叶える願い事は、その人を堕落させていく。だけどオネーサンは違ったね。・・・・もう、元の世界に戻っても大丈夫だ」

少年の言っている事を理解できずに、瑞樹は怪訝そうに眉根を寄せた。

「何を、言ってるの?」
「オネーサンが、前の生活に戻れるってハナシ」

 少年の言葉に瑞樹は目を見開く。

「それは―――」
「嫌?」

 無邪気な―――無邪気を装った笑みで訊ねられ、瑞樹は続くはずだった言葉を飲み込んだ。

「嫌だろうね、普通。でも、今のオネーサンなら現状に耐えられるでしょ?」
「わたしに、ただ現状を耐えろと?」

 少年はまた、小さく首を振った。

「ボクに、運命を変えることなんて出来ないよ。変えることが出来るのは、オネーサン自身なんだ」
「・・・・そうだね」

瑞樹は小さく笑う。

「そうかもしれない」
「うん。だって、ほら。自分の人生を否定するのが嫌で、復讐することで堕落していくのが嫌ならば、自分で自分の人生変えるしかないんだよ。それにさ」

 少年は、今度こそ本当に無邪気に笑った。

「神様なんて、いないんデショ?」

 それから少年は、瑞樹に抱きついてきた。突然のことに途惑う瑞樹に対し、少年は笑みを含んだ声でこう告げた。

「ミズキの未来にどうか幸あることを、ボクは心より祈りたいと思います」
「・・・・誰に祈るの?」
「ボク」

 なんだか可笑しくなって、瑞樹は笑ってしまった。

「何ソレ」

 少年は心外、といった様子で答える。

「だってボクは、天使でもあるし悪魔でもあるからね」

 そうかもしれない。
 彼は瑞樹を堕そうとしたし、元の世界に戻る瑞樹の背中を押そうとしている。彼の言葉で、彼が叶えてくれた願い事で、瑞樹の価値観は変わってきた。
 でも、神様を信じるのはやっぱり嫌だったし、それに近い天使や悪魔を信じるのも嫌だったので、瑞樹はこう言った。

「君がわたしを此処に連れて来たのは、わたしを救う為だったんでしょう?」

 少年は答えずただ笑っている。

「君の言う通り、自分の人生自分で変えてやる。だから、見ていてよ」 「うん、頑張ってね」

 腕の中で少年が笑うのは、なんだかくすぐったかった。

「・・・・じゃあ、元の世界に戻してもらおっかな―――と、その前に君さぁ」
「ん?」
「君はわたしの名前知っていたみたいだけど、わたしは君の名前知らないよ。だから、最後に教えて?」

 少年は瑞樹から離れると、そのまっすぐな銀の眼で瑞樹の眼を覗き込み、一言告げた。

「ウォルターだよ、ミズキ。覚えていて」
「・・・・やっぱ日本人の名前じゃないんだ」

 少年は答えずにただ苦笑する。

「バイバイ」

 そう言って、ほんの瞬きをした次の瞬間には、瑞樹は学校の屋上にいた。
 太陽の位置から考えて、今は朝。校庭を見れば、ちらほらと登校してくる生徒の姿が見える。
 自分も教室に行こうと瑞樹は思う。
 ウォルターとはもう会えない気がしたけど、なぜか悲しくはなかった。








 学校での様子は、何も以前と変わっていなかった。
 瑞樹が飛び降り自殺を謀った事も、咲江達にやっていた復讐も、すべてなかったことにされているのかもしれない。
 瑞樹は少しばかり苦笑した。それはそれで、少しつまらない気がする。
 SHRが始まる前に英語の予習をしていると、後ろから「おはよう」 と挨拶をされた。時々声を掛けてくる、クラスメイトの香織だ。

「おはよう」
 瑞樹は笑顔で挨拶を返してみた。
 香織は一瞬驚いたように目を見開く。今まで瑞樹に挨拶をしても、それを笑顔で返られたことなんて無かった。
香織は一瞬言葉を失っていたが、すぐに思い出したように口を開いた。

「昨日、どうしたの?」

 昨日とはどういうことか。瑞樹は首をかしげる。

「昨日家に帰らなかったんだって?学校の方からウチに連絡が来たよ」
「はぁ?」

 思わず瑞樹は変な声を出してしまった。
 そういえば、今日は何月何日と言うことになっているのか。瑞樹はケータイで確認する。
―――瑞樹が飛び降り自殺を謀った翌日。
 ということは、昨日起きたこと、つまり飛び降り自殺をしたことはなかった事にはなっていないのかもしれない。そういえば、咲江たちの様子が少しおかしい気がする。
 微妙な時間に帰されたものだ。
 なんだか瑞樹は可笑しくなった。

「昨日は、塾に泊り込みで勉強してたの。その事親に言うの忘れてたから、香織さんのところにも連絡が行ったんだと思うよ」

 口からでまかせを並べるが、瑞樹はそれでいいと思った。
意外とウォルターがこれを聞いていて、真実にしてくれるかもしれない。
 
瑞樹の周囲の様子はあまり変わっていない。だけど、少しだけ変わったものもある。
どうなるかは瑞樹に気持ち次第なのだ。
多分今後も嫌がらせとか続くだろうけど、大丈夫だろう。
気にしなければいいのだし、香織とかが掛けてくる言葉をもう偽善だとは感じないだろうから。


状況は変わらなくても、自分の気持ち次第で世界は変わるのだという事を瑞樹は知った。



        ―END―








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・・・・何も解決していない気もしますが。

この話はもともと異世界冒険ファンタジーっぽい話の冒頭を元にして作った話でした、と言ったら何人の方が信じてくれますかね?



2005.04.03

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