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溢れ返る、有象無象の人波。 《自分》は今ここに、本当に存在しているのだろうか。 この街を歩いていると、ふとそんな思いに駆られる。 街中を行き交う人々は、自分とは関係ない奴のことは殆ど目に入れない。自分だけがそこに居るかの様子で、他の人間など障害物か何かのように通り過ぎていく。そうやって、目の前に確かに存在するものでさえ簡単に無視して存在しないものにしてしまう。 人間は、傲慢で自己中心的な生き物だ。 この世は薄暗い色に染まってしまった。純粋なものなんて、きっと何一つとしてないのだろう。 だからだろうか。 無いからこそ求めるのだろうか。 天使がいれば良かったのに・・・ 真っ白な、純粋無垢な白い翼を持つ天使が・・・ ―――アナタハ天使ヲ信ジマスカ? 「―――で、落としちゃったんだ、バイト代」 「・・・うん」 容赦のない明美の言葉。沙耶香はそれに、僅かに沈んだ声で答えた。 さらに追い討ちをかけるように、明美は言葉を続ける。 「それで、どうするの?キャンセルするの?」 「どうするもこうするも、そうするしかないじゃん」 「じゃ、残念だけど皆にはそう伝えとくから」 じゃあね、と言って用は済んだとばかりに立ち去るクラスメイト。 全く残念そうに見えない明美の後ろ姿を見ながら、沙耶香はこっそりため息をついた。 沙耶香は夏休みに明美たちと旅行に行く事になっていたのだが、先ほどの会話からも分かるようにそのための金を落としてしまったのだ。 別に、そんな楽しみにしていたわけじゃない。 そもそも、沙耶香はそんなに明美とは仲が良いわけではない。かといって、悪いわけではないけれど。それでも沙耶香は明美を友達だと思わなかった。思えなかった。 独りでいるのが嫌だから付き合っていた。ただ、それだけの関係だった。 「バイト代、もったいなかったなぁ」 遠くで一ヶ所に集まって話す明美たちを見ながらそう呟いて、沙耶香はもう一度だけため息をついた。 学校帰り、一人バイト先に向かった。 切り取られた、色のない空の下、迷路のようなこの街を行く先も分からずに歩いていく。 目的地はバイト先だと分かっているし、そこがどこだかも分かっている。それでも、この道の先に続くのがどこなのか分からない、そんな錯覚にとらわれる。 有象無象の人波を掻き分けて前に進むごとに、不快感が増すとともにある疑問が頭をよぎった。 いったい、どれほどの人間が本当の自分の姿を他人に曝しているのだろう。 独りになるのが嫌で、周りから孤立するのが嫌で。嫌われないように、好かれるようにと自分を偽って他人と付き合う。ただただ自分を押し殺して、周囲に合わせて生きていく。 周りの人間が笑うから自分も笑う。周りの人間も怒るから自分も怒る。周りの人間が悲しむから自分も悲しむ。 しかし、周囲に合わせて作り出した自分の姿は、本当の自分だといえるのだろうか。 そんな生き方が幸せだといえるのだろうか。 ほとんどの人間が、無意識のうちに自分を周囲に融合させていく。 その事に気づかないのは幸せなのだろうか。それとも不幸なのだろうか。 そういえば誰かが言っていた。それは人間の賢い生き方だと。それは哀れな人間らしい生き方だと。 もう、こんな生活は嫌だった。自分を押し殺す事も、周囲に合わせて生きる事も。 誰かこんな自分を救ってくれないだろうか。 他力本願なのは分かっている。それでも誰かに助けてもらいたかった。救ってもらいたかった。 この世に神が存在しない事なんて知っている。それでも何かに救いを求めている自分がいる。 そんな自分がどんなに惨めで滑稽だか分かっているが。 誰かこんな自分を救ってくれないだろうか。 誰がこんな自分を救ってくれるのだろうか。 そんな時だった。 沙耶香の前に彼が現れたのは。 『ボクが君を救ってあげよう―――?』 NEXT |
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