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天使が現れたのかと思った。 気がつけば、目の前に一人の少年が立っていた。 真っ白な肌。白銀の瞳と髪。明らかに日本人ではない顔立ち。歳はまだ、七歳ぐらいだろうと思われる。 そんな少年が、呆れたような表情で腕を組んで目の前に居る。 辺りを見渡せば、いつの間にか見慣れない景色に替わっていた。いつもあんなに嫌だと思い続けていた人波も、色のない空も、街並みも、すべて消えていた。 そこはただ真っ白い空間で、沙耶香は光の中にいるのだと感じた。きっとどこまだも、この『白』は続いているのだろう。そんな場所だった。 そして、この空間が妙なまでに静寂に包まれている事に気づく。耳鳴りが酷いから、凄い騒音がしているのだと思っていた。 だけど、それは違っていた。 全く音が無いからこそ、本当の静寂に包まれているからこそ自分の身体が脈打つ音があまりにもはっきりと聞こえ、それが耳鳴りのように聞こえたのだ。 沙耶香は視線を少年へと移した。少年は面白そうにこちらを見て笑っている。 「あなたは誰?・・・天使?」 沙耶香は訊ねた。銀色の少年が、沙耶香にはそう見えたから。 「じゃあ、質問に質問で返そう。キミは天使がいると思っているの?」 少年はそう答えた。歳のわりには少し低めの声だった。口調も非常に落ち着いている。 そこが妙に違和感があったが、それと同時にそんな様子が妙に少年に合っていた。 沙耶香はゆっくりと少年の言葉を反芻し、そして考える。 天使はいると思うか。 ―――多分、答えはNO。 だけど。だけど何度も思い描いた。 薄汚れた色の無いこの街を、そこに存在する自分達を救ってくれるモノ。 それはきっと、神ではない。真っ白な翼で、そのどこまでも純粋無垢な存在で自分達を包み込んでくれるであろう天使。 それがきっと本当にわたしを救ってくれる存在なのだ。 だから。自分は救われる事を望んでいるから。 「きっと、天使はいるよ」 沙耶香はそう答えた。 それを聞き、少年は笑顔のまま手を差し伸べた。 「ボクに救いを求めるのならば付いて来るといい。ボクは万人に救いの手を差し伸べたりはしない。選ばれた事を幸運に思いボクに付いて来るのならば、キミの前に道が開けるかもしれないよ」 その言葉に、沙耶香は反射的に少年の手をとっていた。 そしてそのまま二人は何も無い空間を歩き始める。黙々と歩いていたのが、隣を歩く少年が妙に楽しそうなのが沙耶香にも伝わってきた。 それはそれで別にどうでも良かったが、あまりにも無言のまま歩き続けるものだから、つらつらと頭の中に色々な思いが巡る。 此処は何処なのか。少年の言う救いとは何なのか。これから何処に行こうとしているのか。 沙耶香は思った事を口にしてみた。 「どこまで行くの?」 「さあ?」 少年はそれしか答えず、再び無言になった。 沙耶香はもう一度訊ねる。 「どこまで行くの?」 「別にどこだっていいんだけど?」 今度はそう答えた。 視線を沙耶香に向けて、悠然と微笑む。 「どこに行きたい?」 そう訊かれても、ここがどこかすら分からない沙耶香には答えようがない。 そんな沙耶香の考えを表情から読み取ったのだろう。 「どこでもいいならここでもいいや。見てみなよ」 言って、歩みを止めた少年。促されてみてみれば、どこから取り出したのか少年の手の中にはきらきらと輝く石が大量に握られていた。それらに色は無く、大小様々だった。 「・・・宝石?」 「まさか。そんな価値のあるものじゃないし、そんな単純なものじゃないよ。持ってて」 その大量の石を渡されると、今度は拳大のガラス球のようなものが少年の手の平から現れた。それを沙耶香の足元に置く。 「さっき渡したやつ、この上に落として。ザーって。全部やっちゃっていいよ」 言われたとおり手に持っていたものを足元に落とす。恐る恐るやっていると、もっと勢いよくやれと言われてしまった。 手に持っていた石を全部下に落とし終わると、少年はそこに座り込んだ。 「占いみたいなモノなんだけどね、これ。これらを使って今キミが置かれている状況を見ようと思ってるんだけど」 少年はガラス球を指し、 「これが、キミ。この周りにばら撒いたのは・・・まあ、キミの周りを取り巻く様々なものかな。家族とか友人とか、キミを取り巻く環境だね」 と言い、眼で沙耶香に座るように促した。素直に従い座り込み転がった石を見ると、透明だったそれらは様々な色に変化していた。 「色にはそれぞれ意味があるんだけど。ガラスのすぐ周りに転がっているのはほとんど紫色のものなんだよね。紫はマイナスの影響しか与えないから、キミはあまり良い環境にいるとは言えないね。遠くのほうにいい色があるから、極端に酷いってわけじゃないけど、キミ自身がその事にほとんど気がついていない。で、ガラスなんだけど、普通は何か色に染まったりするんだけどそれが無い。面白い事に透明なんだ。色に染まりやすい状態だけど、拒んででもいるのかな。キミが今の環境をいいと思っていないって事だと思うんだけど」 そこまでいっきに言うと、少年はゆっくりと立ち上がった。つられて沙耶香も立ち上がる。 「これが今のキミの現状ってところかな」 当たってる?と小首を傾げてみせる少年。 そしてまっすぐに沙耶香を見上げる。 「ボクがキミに与えられる言葉はただ一つ」 はっきりと、諭すように言葉を口にのせる。 「キミは何をしたいの?」 言葉はそれだけだった。 少年はもう一度繰り返す。 「キミは、何をしたいの?ボクに何を求めているの?何から救われる事を望んでいるの?誰だって、嫌な事や悩みとか、そんなものを持ってるよ。君くらいの歳なら、テストの点が悪いとか、やりたい事が多すぎるとか、逆にやりたい事がなくて進路が決まらないとか。他にも恋愛とかね。でも、キミは何をどうしたいの?自分を演じる日々が嫌?だったら何をどうすればいいだなんて、考えなくたって分かるはずだ。ボクに救いを求める必要なんてないはずだ」 今までずっと浮かべていた笑みを消して、少年はただじっとその銀の瞳で沙耶香を見つめていた。 刃のように煌めく白銀に身体がすくむ。身動き一つできぬまま、沙耶香は少年の言葉に耳をかたむけるしかなかった。 「人間はわがままで身勝手な動物だ。だからキミはキミの望むままに動けばいいんだ。必要なのはボクの救いなんかじゃない。賢い君ならそれが分かるはずだよ、サヤカ」 そこで初めて少年は、子供のようにあどけない無邪気な笑みを浮かべた。今まで浮かべていたような大人びたようなものでもなく、人を嘲るようなものでもないそれに、沙耶香は目を奪われた。 少年は、もう一度だけ同じ言葉を口にのせた。 「キミは、何をしたいの?」 ―――そんなの、始めから分かっていた。 今の状況が嫌ならそれを変えればいいだけの事だ。 そんなの考えるまでもない事も分かっている。 ただ、それをしなかったのはきっと。 それをするだけの度胸も意志もなかったから。 「・・・サヤカはもうここにいる必要はないね」 少年は、ぎゅっと沙耶香を抱きしめた。甘く囁くように言葉を紡ぐ。 「だから、お別れ。元の世界に帰してあげる」 その言葉と同時に、少年の体が淡い光に包まれ始めた。 少年の言葉のとおりに、あの見慣れた街並みに戻されるのだとすぐに分かった。しかし、別れる前にせめてこれだけは知っていたい。 「君の、名前は何?」 「あれ、言ってなかったっけ?ボクの名前はウォルターだよ」 そうして聴こえてくるウォルターの笑い声。 その間にもウォルターの体はみるみる光に包まれていき、徐々にその姿は薄れていく。 ウォルターに伝えたい事は沢山ある。 ウォルターは、彼に救いを求める必要なんてないと言ったけれど。 ウォルターに会って、言葉をもらって。背中を押してもらったから。 自分は彼に救われたのだろう。 言いたい事は沢山あるけれど、それを伝える時間はもうほとんど残されていないのが薄れて殆んど見えなくなった彼の姿から判る。 だからせめて、一番伝えたいこの言葉を彼方に。 「ありがとう」 こんな自分を救ってくれて。 心からの感謝を君に伝えよう。 ふと気がつけば、見慣れた街角に立っていた。 一瞬今までの事は白昼夢かとも思ったが、腕の中には確かに彼のぬくもりが残っている。 その事に気がつけば、無意識のうちに表情に笑みが浮かぶ。 今までうだうだと考えていた事がどうでもいい事だったような気がした。 風に誘われて顔を上げれば、必然的に空が見えた。 微妙に赤を帯び始めた空。 この赤に、ウォルターの銀はきっとよく映えるだろう。 「天使は本当にいたね」 小さく呟く。 きっとウォルターは天使だったんだ。 沙耶香はそう信じた。 たとえ違うとしても、そう信じていようと思った。 彼は自分を救ってくれたから・・・ ふと沙耶香は時計を見た。さすがにそろそろバイトに行かないとやばい。 なんとなくもう一度だけ空を見上げ、歩き始めた。 その顔は満足そうに微笑んでいた。 END ―――――――――――――――――――― もっと長い話になる予定だったのに、何処で間違ったのか短く・・・ これも以前部誌に書いたものですが、殆んど加筆修正して無いです。 そのうち必ず・・・! 2004.12.19 |
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