―――いつの頃からだろう
 闇というモノに心惹かれるようになったのは




それはまだ幼い頃。
 母の膝の上で読んでもらった絵本の中で。
 誕生日に父に買ってもらった絵本の中で。
 少年と少女が手を取って歩く暗闇。

 その先に待っているのは財宝?
 それとも怪物?



 それはまだ幼い頃。
 遠い昔の―――…‥・・








暗夜








 薄暗い部屋の中に、ドアの開く音とともに一筋の光が差し込む。
 その僅かな光に反応して、ゆっくりと意識が覚醒する。
「・・・真奈美?寝てるの?」
 声をかけるのは、有紀。友人が寝ている可能性があることを考慮して、声は普段より小さめだ。
「ん?起きてるよ。それにしても遅かったね」
 寝ていたそぶりは一切なくハキハキと答える真奈美。彼女への考慮が無意味だったと分かるその言葉を聞いた瞬間、有紀は手に持っていたビデオを袋ごと友人に向かって投げていた。それはもう、ほとんど反射的に。
「ちょ、何すんの!痛いでしょうが!」
「・・・それが何?真奈美が、暇だから適当にビデオ借りて来いって言うからこの蒸し暑い中わざわざ出掛けてきたっていうのに、遅かったね?どの口がそんな事言うのかな?」
そう言って有紀は笑みを浮かべるが、言葉からも分かるように正直その笑みは恐ろしいものでしかない。
「え、あ、う・・・ご、ご苦労様です」
 あまりの迫力に反射的にそう答えれば、有紀は満足そうに頷き部屋の明かりをつけた。その眩しさに真奈美は目を細める。
 有紀は、真奈美に投げつけたビデオを拾い上げ、友人の座り込んだ。そして、訊ねる。
「だいたい、何であんな暗い中で待ってたの?わざわざ明かり消して」
「暗い中って落ち着くじゃん?」
当然のように言う真奈美に僅かな呆れを感じるが、さらにそれに続く言葉を聞けば、本気でため息をつくしかなかった。
「あ、ビデオ観るなら明かり消していい?」
「・・・いいけど。テレビを見る時は、部屋を明るくして離れて見ないといけないんだよ?」
 一応警告はしてみるが、一度としてそれを聞き入れられた事は無い。返ってきた答えも、有紀の想像どおりのものだった。
「だぁってその方が映画館みたくない?」
 そして、いつものとおり真奈美の関心はすぐにビデオに移された。
「ところで何借りてきたの?」
「よく分かんない。ホラーっぽいヤツ」
「ふーん」
 そう言いながら真奈美は立ち上がり、再び部屋を暗くした。そして有紀が借りてきたビデオを手に取る。真奈美は今までに聞いた事も無いタイトルをみて、ほんの少しだけ興味がわいてきた。
「・・・さっきも訊いたけどさあ、真奈美って本当に暗いところ好きだよね。何で?暗いと落ち着くっていうのも分かるけど、独りで暗いところに居るのって恐くない?」
 気になった有紀はそう訊ねた。それはずっと前から抱き続けていた疑問。何度か訊ねようと思っていたが、そのまま今日まできてしまった。別にたいしたことではないと思うが。
 真奈美はすぐには答えずに、ビデオをデッキの中に入れる。
 再び有紀の隣に座ってから、真奈美はゆっくりと口を開いた。
「私は闇から生まれたから・・・かなぁ」
「それって、母親のお腹の中に居た時のコト言ってるとか?」
「さあ?」
 そう言って笑う真奈美の様子に、有紀は不満げな表情を浮かべた。
 リモコンの再生ボタンを押せば、暗い画面に青白く映像が映る。五年位前に流行った映画のビデオのCMが流れているから、このビデオも相当古いのかもしれない。別に早送りしてもいいのだが、なんとなく二人はぼんやりとその映像を見ていた。
 そんな中で、唐突に真奈美は口を開いた。
「夢を、見たの」
「―――夢?」
 真奈美が何を言おうとしているのかその真意がつかめない有紀は、視線をテレビから隣に座る友人に移し僅かに小首をかしげた。
「そう、夢」
 真奈美は小さな笑みを、その口元に浮かべる。


 そう、夢を見た。
 いつの頃だったかはっきり覚えてはいないが・・・
 毎日のように同じ夢を見た

 それは、確かまだ幼い頃―――


 遠い昔の夢―――…‥・・






 永劫に続く深い闇
 それこそ己の姿さえ見えないほどに

いつも、気が付くとそこに居た。
息苦しくて、体が重くて。空気も淀んでいて、一度息を吸うだけで重たい空気が肺にまとわりつく。
そんな空間で、ふと気が付くといつもそこに《わたし》が居た。
どこまでも続いているはずの暗闇で、なぜだか《わたし》だけはまるで浮かびあがるかのように、はっきりと見えた。
虚ろな眼。
乱れた髪。
赤黒く染まった服。
現実には有りえない方向に曲がった足。
右手でしっかりと握り締めるのは千切れた左手。
それはまるで壊れた人形のように・・・
《わたし》はそこに立っていた。
そして、必ず訊ねてきた。


―――わたしは誰・・・?


そんなの、寧ろわたしが訊きたかった。



《わたし》は深い闇の中で生まれた。
 そこで、《わたし》はいつも何かを食べていた。そこは錆びた鉄の匂いがする空間だった。
 バレーボール大はあるであろう赤黒い塊を両手で抱え、ただひたすらに食い千切る。その塊は妙なほどぬるぬるしており、口の周りと両手を伝って足元が、ぬめった液にまみれていた。液は身体のあちらこちらにも付いていたらしく、今は乾燥ししっかりとこびり付いている。
 口の中には、少しざらざらした妙な舌触りのする塊と嫌な生臭さが広がる。魚とか生ごみとか、この匂いに比べればましだとさえ感じた。
 胸のあたりがムカムカし、胃の中のものが逆流しそうなのを感じていた。それでもひたすらに食べ続け、胃から逆流するものに蓋をするかの如く口の中に物を詰め込む。

 なぜ自分はこんな事をしているのだろう

 これは夢なのに。
 夢だと判っているのに。
 心のどこかで《わたし》は叫んでいた。

―――なんて叫んでいたのだろう・・・



 それはまだ幼い頃
 
 遠い昔の夢の中で―――…‥・・
 




       その夢を見るようになったのは、いつの頃だったか。
 おぼろげな記憶の中で―――そう、それはまだ幼い頃。
 夏休みに家族と行った貸別荘での、あの出来事以来だ。
 
 両親が夕飯の買出しに行っている間、わたしは弟と別荘の中を探検してまわっていた。そこは、お世辞にも綺麗と言える所ではなく寧ろとても古ぼけていたのだが、広さはだけは自分の家とは比べ物にならないくらいのものだった。だからこそ、わたし達はワクワクしながら別荘中を走りまわった。
「お姉ちゃん、ココに何かあるよ」
 弟がそう言ったのは、探検を始めて十分ほどした時だった。
 弟が示す方を見れば、そこにはただの備え付けのクローゼットが置いてあった。
「これがどうかしたの?」
 もっと面白いものがあると思っていたわたしは少しがっかりして言うと、今度は手招きをしてわたしを呼ぶ。
「違うよ、ココみて、ほら」
 言われたとおりにクローゼットの裏を覗いて見ると、そこには確かにぽっかりと大きな暗い穴が開いていた。
「ね、お姉ちゃん、凄いでしょ?」
そう言う弟の目はきらきらと輝いていた。それを見返すわたしの眼も、好奇心で満ちていただろう。
「行ってみようよ」
 最初にそう言いだしたのが弟だったのか、それともわたしだったのか。今となってははっきりと覚えてはいない。ただ、気がつけば二人で必死になってクローゼットを動かしていた。
 何とかして二人が通れるくらいの隙間を作ると、わたし達はそっと穴の中を覗き込んだ。そこではぽっかりと開いた暗い闇が、おいでと呼んでいる。
わたし達はおそるおそる中に足を踏み入れた。
 明かりも何も持っていなかったが、入り口からは光が差し込んでいたのでまったく見えないという事はなかった。そこは部屋と部屋の間に作られているのだろう、たいして広い空間ではなかったが、物が雑然と積まれていて入り口と反対側の壁の方にまで光は届かず何も見ることは出来なかった。
「隠し部屋・・・かな?面白いね」
 そう言った弟の声は、少し震えていた。きっと、恐いのを少し無理しているのだろう。
 当然、わたしだって恐かった。だけど、それよりも好奇心の方が強かった。

 この先には何があるのだろう?
 どんな事がわたしたちを待っているのだろう?

 いつもより少しだけ興奮している自分に気が付く。ふと思い出すのは幼い頃に読んだ絵本。この先にはドキドキするような秘密の何かがあるのだろうか。
  そんなことを思い浮かべていると、不意に周りが闇に閉ざされた。薄ぼんやりと見えていた弟の姿も周りの景色も何もかもが見えなくなってしまった。
 急に辺りが真っ暗になったことに怯えた弟は、わたしの腕に縋り付く。その小さな体はがたがたと震えていた。
 わたしはそんな弟をこれ以上不安にさせたくなくて、それ以上に自分が不安で仕方なくて、必死で平然とした素振りをした。
「あんた男でしょ、何をそんなに怯えてるの?」
 そう言うことで、なんとか自分を保っていた。
 だが、なぜ急にここは闇に閉ざされてしまったのだろう。
 そう、だってここは、入り口となっていた穴から光が差し込んでいた筈だ。その穴を塞いでいたクローゼットだって、弟とわたしの二人でようやく動かす事が出来たのだ、自然と動いて再び穴を塞ぐなんて事はありえない。
 なら、いったいどうして・・・?
 弟は、さらに強くわたしの腕にしがみついた。そして、早口でまくしたてる。
「お姉ちゃん、何かいるよ!何かいる!」
「気のせいだよ」
 そう答えたものの、本当はわたしも気づいていた。わたし達以外の『何か』がゆっくりと、わたし達の方に近づいてきている事を。ただ、嘘だと思いたくて否定の言葉を口にのせていただけで。
 だが確実に『何か』は存在していて、そしてわたし達の方に近づいてくる。
「お姉ちゃん・・・」
「大丈夫。大丈夫だから、静かにして」
 そう言うのとほとんど同時に、腕にしがみついていた弟の感覚が消えた。弟が手を放したのでもない。引き剥がされたのでもない。消えてしまった。そんな感じだった。
 わたしは弟の名を呼んだ。しかし返事はない。何度弟の名を呼んでも決して返事は返ってくることなく、わたしの声が闇に呑まれていくだけだった。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・
 体はがたがたと震え、冷や汗をびっしょりとかいているのが自分でも分かる。体を動かすこともできず、ただ、わたしはその場に立ち尽くしていた。
 そんな時、声が聞こえた気がした。


   これで、外に出られる


 その瞬間、わたしははっきりと見たのだ。
 暗闇に浮かぶ、爛々と輝く二つの眼を。
 血の様に紅い、二つの眼を。

 その紅から、目が離せなかった。吸い込まれるかのようだった。
 その瞬間全身に激痛が走り、わたしは消えてしまうんだと、そう思った。





「・・・それで、どうなったの?」
 有紀は、おそるおそるといった様子で訊ねる。
「どうなったもなにも、そこで死んでたらわたしはココに居ないじゃん。気がついたら、弟とぜんぜん違う部屋で寝てたの」
「夢だったってこと?」
「さあ。でも、次の日にはあのクローゼットは壁にぴったりくっついていて穴があったか確認できなかったし、したいと思わなかったけど」
 そう言って、真奈美は小さく笑った。視線はすぐにテレビへと向けられる。
 有紀は小さく「そう」とだけ頷いた。
 真奈美と同様に視線はテレビへと向けられるが、ビデオに集中することはできなかった。
 確かに真奈美の話はこんなホラービデオなんかよりも面白いものがあった。
 しかし、夢でもそんな体験をし、今でもその事をはっきりと覚えているというのなら、なぜ暗いところは落ち着くというのだろうか・・・?
 そんな有紀の思考を読み取ったかのように、真奈美は薄く笑った。

 心臓の鼓動が徐々に早くなっていくのが分かる。嫌な汗がべったりと体にまとわりつく。
 暗い部屋に居るから?ホラー映画なんて観ながらあんな話を聞いたから?
 だから、妙に心臓が早く鼓動しているのだろうか・・・



「わたしは、暗闇から生まれたから」



 そう言う真奈美の眼が紅く見えたのは、きっと気のせいだろう




  END?





NOVEL TOP

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これも以前部誌用に書いたヤツです。
確か、ほのぼのホラーを目指して書いたら失敗したんだった気がします。
とりあえず、ホラーは難しい、と。
いや、ホラーじゃなくても小説を書くのって難しいですが。自己満足では終らない作品を目指して頑張っていければ良いかな?と思う今日この頃。

2004.08.08

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